はじめまして。
ENTOTSUを運営している田中將之です。
私は信楽焼の窯元が集まる、信楽町長野大窯町で生まれ育ちました。
子どもの頃の遊び場は窯場でした。
今では考えられないことかもしれませんが、当時の窯場は子どもたちにとって身近な場所でした。窯元のおっちゃんたちが働く横を走り回り、いたずらをしては叱られ、それでもまた窯場へ行く。そんな毎日でした。
焼き上がった植木鉢が積み上げられた風景も、今では懐かしい思い出です。
そして夜になると、静かな窯場に不思議な音が響きます。
「ピーン」
「ピーン」
焼き上がった植木鉢に貫入が入る音です。
子どもの頃の私は、その音がどこから聞こえてくるのか分からず、少し不思議で、少し怖くもありました。しかし今振り返ると、その音こそが信楽焼が生きている音だったのだと思います。
私の家は窯元ではありませんでした。
それでも、窯場の風景の中で育ち、多くの職人さんたちに囲まれて過ごした時間は、知らず知らずのうちに私の身体に染み込んでいます。
土の匂い。
窯の熱気。
職人さんたちの働く姿。
そして煙突のある風景。
それらは私にとって特別なものではなく、ごく当たり前の日常でした。しかし、その当たり前こそが、今の私の原体験になっているのだと思います。
そんな私が今、家族とともに取り組んでいるのがENTOTSUです。
この場所は、妻・睦美の祖父と父が営んできた製陶所の跡地です。
長い年月にわたってものづくりが行われてきた場所ですが、時代の流れとともにその役目を終え、静かな時間が流れるようになりました。
けれど、煙突は今も残っています。
建物には、人が働き、ものをつくり続けてきた記憶が刻まれています。
私たちは、この場所を単に保存するのではなく、新しい人や文化が出会う場所として次の世代へつないでいきたいと考えています。
まだ完成しているわけではありません。
屋根は傷み、手を入れなければならない場所もたくさんあります。
少しずつ手を動かしながら、家族や仲間たちとともに、この場所の未来を形にしている最中です。
このブログでは、完成した姿だけではなく、その過程も記録していきたいと思っています。
信楽で育った私の記憶と、この場所に残る記憶。
そして、これから新しく生まれていく物語。
煙突の下から、その一つひとつを綴っていきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

